生産性

残業カットで売上アップ?ワークライフバランスの専門家が語る、労働時間を短縮するポイントとメリット

残業カットで売上アップ?ワークライフバランスの専門家が語る、労働時間を短縮するポイントとメリット

多様な人材の確保や生産性向上の観点から、自社の労働時間を短縮したいと考える経営者も多いはず。しかし、いざ長時間労働を是正しようと思っても、なかなか難しいのも事実だと思います。そこで今回、働き方の見直しを専門とするワーク・ライフバランスコンサルタントの川本孝宜氏に、労働時間を短縮する方法について伺いしました。

川本 孝宜(かわもとたかのり)

株式会社ワーク・ライフバランス コンサルタント。大学卒業後、富士通株式会社に入社。政令市を中心とした自治体の営業を担当。社会システムの安定稼働を通じて市民の暮らしを守ることに貢献してきた。大規模プロジェクトに関わってきた経験から、顧客・社外関係者が多数関係するプロジェクトであっても、課題を整理し解決することを得意とする。株式会社ワーク・ライフバランスに参画後は、これまで経験してきた「人との関わり合い」を大切にし、相手の納得感を尊重し、本質的なゴールに向かって進むアプローチには定評がある。プライベートでは社会人サッカーリーグに所属。県リーグ優勝経験あり。モットーは「家事、育児を妻と一緒に楽しむ」。

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なぜ日本人の労働時間は長いのか

残業カットで売上アップ?ワークライフバランスの専門家が語る、労働時間を短縮するポイントとメリット_01

——本日はよろしくお願いいたします。突然なのですが、日本人の労働時間はなぜこんなにも長いのでしょうか?

川本氏(以下、川本):昔は産業構造的になるべく男性が働く方がいい社会で、人件費もそこまで高くなかったので、長時間働くことが競合に勝つための武器になったんですね。「ライバル店が19時まで営業していたら、うちは20時まで営業しよう」、「競合他社が一週間後に提案書を提出するのであれば、うちは明日提案書を出そう」そうすると、「お客様が早くもってきてくれてありがとう!と喜んでくれる」というように、時間外労働という武器を使って他社を出し抜くことが成果に直結していたんです。

また、昔はとにかく同じようなもの提供することが市場では求められていたので、どんどん生産することが求められていました。「まだうちにない給与会計システムを導入したい」、「まだうちにはパソコンがないから導入してみたい」、といったニーズを満たすために、企業は同じような条件の従業員をたくさん集めて、効率よく大量の製品を市場に送り出していたんです。

そのため、組織の中に個性は不要でした。1言えば10わかってくれる。そんな社員が好まれていたので、非常に均一な組織体制だったと思います。長時間労働を好んでする人が評価されるというもあり、それが結果的に今の日本社会の長時間労働の根源になっているのだと思います。

——特に日本企業には、「長時間働いている人=偉い」という価値観が根強く残っていますよね。

川本:私は普段サッカーを通じて高校生と接することが多いのですが、教育現場でも「長時間頑張る人が偉い」という考え方が根付いているような気がします。例えば、学生の頃ってよくテスト前になると、「昨日は何時間勉強した?」「俺、徹夜しちゃったよ」なんて言っている人がいましたよね。

でも、テスト結果を見ると、必ずしも長時間勉強していた人の点数がいいわけではない。長時間勉強していないのにいい点数をとる人もいれば、長時間勉強したのに悪い点数の人もいる。日本人の場合、働き方だけでなく、そもそも成果を出すプロセスそのものが長時間ありきなんです。

労働時間を短縮するメリット

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1.子供の成長にいい影響を与える

——そういった昔ながらの価値観の人たちに労働時間を短縮するメリットを伝えるとしたら、どんなものをあげますか?

川本:子供の成長にいい影響があるということですね。例えば、日本人の場合、自己肯定感が低い人が多い。すごく頑張っているのに、「まだまだ努力が足りない」と考えてしまう。小さな成功体験がおざなりにされているがゆえに大きな成功体験にたどり着けないんです。本当は小さな成功体験が大きな成功体験を生むはずなのに。

その原因は教育にあると私は考えています。日本人は子供が小さいころから教育をアウトソースしているので、子供たちは親から日々の頑張りを見てもらえていない。子供の教育を外にお願いすることは大事ですが、やっぱり親がきちんと時間をとって、子供の努力を肯定してあげることが大切だと思うんです。そういった意味で、労働時間を短縮すれば、子供の成長を見守る時間が確保できます。

2.お金以外の幸福指標もある

——ただ、労働時間が短縮されることで、残業代を稼げなくなる人もいますよね。

川本:私自身も働き方を変えて残業代が減った分収入が減りました。でもそのかわり、自由に使える時間が増えて、今まで手に入れられなかったものが手に入りました。私の身の周りの社会人の方で、「これだけ頑張ったから自分にご褒美をあげよう」と、長時間労働と引き換えに得たお金でいい服を買ったり、いいご飯を食べたり、旅行にたくさん行きたいという声はたくさん聞きます。きっと、仕事や自分の自由な時間を失うストレスを消費で発散されていると思うんです。

私は普段競技サッカーをやるのですが、良いプレーをするために大事なことが健康なんです。働き方を変える前までは長時間労働で、とてもコンディションを整えられる状況じゃなかったんですが、今はしっかり睡眠もとって健康な状態でサッカーができます。おかげさまで、36歳で35歳以上の国体の選考会にも参加できました。元Jリーガーとこの歳で競い合えるのも、健康があってこそ。これはお金で買えるものではないと思います。こうしたお金以外の幸福指標ができるのも、労働時間短縮のメリットだと思います。

3.深く強固な人間関係を築く時間ができる

——どんなに稼いでも体を壊したら医療費も増えますしね。

川本:そうですね。健康もそうですが、生涯を通じて付き合える友達を作る時間ができることも、労働時間を短縮するメリットです。ハーバード大学の研究によると、幸福や人生の豊かさをもたらすものは、深く強固な人間関係であることがわかっています。

学生時代って大切な友達がいましたよね。あれってお金があったから大切な友達ができたわけではなく、一緒に過ごす時間が長かったから何年経っても「あのときはああだったね」と言える関係ができるわけで。結局、お金があっても時間がなければ人間関係は継続できないんですよ。そういった意味では、生涯付き合えるような友達をつくる時間が大切だと思います。

労働時間短縮に向けた取り組み

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——実際に労働時間を短縮するにはどうしたらいいのでしょうか。

川本:一つは上司と部下、職場の同僚のコミュニケーションを改善することだと思います。当社はコンサルティングで数多くのチームに関わらせて頂いておりますが相談できずに、自分で仕事や悩みを抱えてしまうケースによく遭遇します。「手伝ってほしい、助けてほしい」はもとより「ちょっと相談したいんだけど」と言いづらくなってしまい、結果、やらなければいけない仕事は進まない、仕事はどんどん溜まっていくことで労働時間が長くなりますね。

そうならないためには、上司や同僚と信頼関係を築いて、自分ができないことや困っていることを伝えても、周りから責められない、怒られない心理的安全性の高い組織づくりが欠かせません。

その上で、個人ではなくチームで仕事をすることも一つのポイントになります。例えば、グループチャットを使って常にチーム全員で情報を共有しながら仕事をすれば、自分が忙しくて対応できないときでも、誰かがチャットの履歴を追ってフォローすることができます。

——たしかに、業務が属人化するとその人が休んでしまうとお客さまにも迷惑がかかりますもんね。

川本:そうですね。あと、普段の何気ない工夫でも生産性を上げることは可能です。弊社の例でいうと、これまでの経営会議では各部署が資料を見ながら進捗を報告していたのですが、会議で発表する内容をあらかじめGoogleスプレッドシートに入力しておいて、会議の中で時間をとってみんなに見てもらうようにしたんです。

その結果、今まで40分かかっていた会議が20分に短縮されたんですね。こうした小さなPDCAサイクルを回せば、お金をかけずに効率化できることもあると思います。

——それはすごいですね。

川本:もう一つ大切なことは要因分析です。個人なのか、チームなのか、組織なのか、どこに残業の原因があるのかを分析して把握することが重要です。結果、個人に原因あるのであれば、タイムマネジメントの意識を高める、という方法を選択できます。

ちなみに弊社では「朝メール・夜メール」で各社員の現状を把握しています。どういったものかというと、朝メールは1日を15分〜30分単位で予定と時間をセットで書き出し、上司や同僚にメールで共有します。

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朝メールは出社時にどんな1日を過ごすか15〜30分単位で書き出し、上司や同僚に共有するもの。夜メールは、退社時に朝メールで共有した1日が実際はどうだったのか書き、振り返るもの。働き方のクセを発見し、コミュニケーションを増加させる効果がある。※同社では、朝メール.comというWEBサービスも提供している。参考URL:https://www.work-life-b.com/asamail

夜メールは、退社する際に1日の実績を書いて振り返りをします。これをやることで、「なぜこの打ち合わせが30分も伸びてしまったのだろう」ということを考えることができます。

朝メール・夜メールは書くことや、朝メール通りに業務を進めることだけに効果があるわけではありません。一日を振り返ったときに朝メール通りにならない理由を考えることに意味があるのです。個人の働き方のクセや時間の使い方の特徴を把握すれば、業務改善のきっかけをつかむことができるでしょう。

労働時間を短縮して業績を上げたアパレル業界SHIPS (シップス)の事例

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シップスの事例は、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長小室淑恵氏の著書、「働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社(毎日新聞出版)」でも紹介されている

——実際に御社がコンサルティングした企業で、労働時間を短縮して業績を上げた企業の事例を教えて下さい。

川本:例えば、アパレル業界でいうとシップスさん。弊社代表小室の著書である「働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社」でも紹介されているのですが、同社は働き方改革に取り組んだ結果、2016年は前年比で深夜残業38%減、残業25%減を達成しながら、売上5億円増を実現しました。年末年始のセールス期間中に関しても、前年比8割以下の労働時間に抑えることに成功しています。

——それはすごいですね。シップスさんはどんな課題を抱えていたんですか?

川本:シップスさんに限った話ではないのですが、アパレル業界は販売スタッフの離職率が課題になっていました。働きやすい店舗でなければスタッフが定着しない。そこで本部と現場が「残業時間の削減、働きやすい職場づくり、離職率の低下」を目標に、働き方改革を行うことになりました。

——具体的にはどんな改革を行ったんですか?

川本:まず80名の店長を東西に分け、それぞれが一堂に会する月に1度、全4回の店長研修を行いました。研修ではカエル会議の手法を店長に学んでもらい、それを各店舗で実施してもらったんです。

——カエル会議とはなんですか?

川本:どうすれば現状から抜け出して自分達の設定するゴールイメージに辿り着くことが出来るかを議論し、具体的な行動を決める会議です。カエル会議の“カエル”という言葉には仕事のやり方を“変える”、早く“帰る”、そして人生を“変える”という3つの意味を込めています。この会議を各店長が自分たちの店舗で実施して、吸い上げたスタッフの声を次の店長研修で共有したところ、残業の原因が明らかになったんです。

——何が原因だったんでしょうか?

川本:それまで残業の原因はスタッフ一人ひとりが「お客さまのためを思って働いているから」と考えられていました。しかし、実際には店長とスタッフのコミュニケーション不足や店長のマネジメント不足が原因の残業が多いことがわかったんです。

——コミュニケーション、マネジメント不足というと?

川本:今までは店長が店舗スタッフに店内の状況を見ながら細かく指示を出していました。接客中に「倉庫整理に入れ」とか、倉庫整理をしているときに、「接客に入って」とか。しかし、それだと店舗スタッフは接客も倉庫整理も中途半端になってしまい、ストレスにもなっていたんです。

そこで、曜日や時間帯、天候などから来客数を予測して、いつ何人店舗に配置するかを店長が朝決めて、それを変更しないやり方にしたんです。その結果、店舗スタッフは落ち着いて作業ができるようになり、接客の質が上がり、倉庫整理のミスもなくなったんです。この小さな変化の積み重ねが出来たからこそ、シップスさんでは残業時間を削減しながらも売上増加が実現できたんです。

働き方改革は自分たちで課題を把握することから

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———働き方改革っていろんな施策がありますけど、やっぱり大切なことは自分たちで課題を把握することなんですね。

川本:そうですね。要因分析作業そのものをアウトソースしてしまうと、自分たちで課題を整理できないですし、分析結果をみて「これが課題です」って突きつけられても納得できなかったりします。やはり他人任せではなく、何が課題かを自分たちが主体となって考えて把握することが大切だと思います。腹落ちする課題が見つかれば、そこからいろんな施策が出てきますし前向きにやってみよう!となると思います。

世の中には働き方改革に関する様々な本が溢れていますが、読んでみてピンとこないケースも多くあるのではないかと思います。なぜかというと、自分自身や自分の職場、自分の会社の課題が整理されないまま、解決策を求めてしまうからだと私は考えています。

——最後になりますが、働き方改革を推進しようとしている経営者にアドバイスをお願いします。

川本:例えば、40代中頃の団塊のジュニア世代の社員が多い企業はこれから介護のリスクが増えていきます。いま介護離職が年間10万人を超えていて、介護が社会問題として取り上げられていますね。でもこれは嵐の前の静けさなんです。この国の最大の人口のボリュームゾーンの団塊の世代が2017年から一斉に70代に突入しています。要介護者数は、70代になると跳ね上がるので、これからさらに介護者数が増えるのですが、じゃあ、その団塊の世代を介護するのはだれかというと、団塊ジュニア世代になるんです。

親の介護リスクは防ぎようがありません。今までのような長時間労働を指標とした評価制度だと、親の介護に迫られた人たちは長時間働けないので評価されなくなることでモチベーションダウンしますし、または、会社を辞めざるを得なかったりもします。それって会社にとっても貴重な戦力を失うので困りますよね。いま市場では労働力が足りていない状態です。サステナブルな経営をするためにも、介護、育児、それ以外にも様々な事情を抱えた方も働けるような環境を整え、労働力を確保する必要があります。

採用においても、柔軟な働き方ができて、魅力的な職場でないと、そもそも今の若者たち(子育て世代)は入社してくれません。「この会社で働きたい」と思ってもらえるような環境づくりが、経営者には求められていると思います。

——働きやすい環境づくり、本当に大事ですよね。

川本:はい。あと、ずっと目の前の仕事だけをしていると、斬新なアイデアやビジネスが生まれないんです。「目の前のお客さまのことを知る」とか、「業務の知識を得る」とか、そういうことだけがビジネスパーソンのスキルアップと思いがちですが、それは違います。

新しいビジネスを生み出すためには、目の前の仕事以外のインプットが必要なんですね。目の前のお客さまに向かい合うだけでは、斬新なアイデアは生れません。大切なことは、本を読んだり、社外の人と話をしたり、自分の趣味を通じて視野を広げることで得られる情報をしっかり仕入れること。職場のメンバー各人がインプットを持ち寄って、これをみんなで擦り合わせるのでイノベーションが起きるんです。イノベーションを起こすためにも、残業時間を短縮して、インプットの時間をつくることが大切なポイントだと考えます。

——貴重なお話をありがとうございました。とても参考になりました。

 
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