近年、民間企業、行政、大学、NPO、住民が連携し、対話を行うことで新規ビジネスを創出する場「フューチャーセンター」に注目が集まっています。
現在、取り上げられている働き方の問題は、子育てと仕事のバランスや、長時間労働など、多数の要因が複雑に絡み合っており、簡単には解決できません。またビジネスに関しても、ニーズが常に多様に変化しているため、従来の枠組みにとらわれず、将来を予測して新しいイノベーションを生み出すのは容易ではないでしょう。
だからこそ企業単独で課題解決に臨むのではなく、産学官民から様々な有識者、ステークホルダーが集まり、自由な発想で新しいアイデア、価値を生み出す取り組みが求められています。フューチャーセンターは、あらゆるステークホルダーによる対話やコラボレーションを促進し、新しいアイデア・価値を創造する「場」・「オープンイノベーション」です。
今回は、フューチャーセンターの基本的な知識から、導入する時のポイント、企業の事例を紹介します。
フューチャーセンターとは?概念をメリットとともに紹介
フューチャーセンターとは、企業、政府、自治体、教育機関などの団体の枠にとらわれず関係者を幅広く集め、それぞれの知識や経験を掛け合わせて新たなアイデアや価値を生み出す「場」「オープンイノベーション」として、スウェーデンの知識経営研究者であるレイフ・エドビンソン氏が提唱しました。
その後、ヨーロッパ、特に北欧を中心にフューチャーセンターは多く設立されるようになりました。オランダは政府が主導となり、「Country House」というフューチャーセンターを設立。公務員のイノベーション活性化と各省ごとで断絶されていたコミュニケーションやアイデアの活発なやり取りを目的としています。
00年代中盤からはオープンイノベーションの新しい形として日本でも注目を集め、企業や大学、自治体で取り組みが始まりました(国内企業の事例は後述)。
フューチャーセンターでポイントとなるのは「共創」と「未来志向」です。
ここで言う「共創」とは、普段では関わる機会が少ない、自分とは立場が異なる業種やコミュニティの人・団体と協力し、新たなアイデアやサービス、価値を生み出すことです。同質的な組織内においては、企業価値や風土から考え方が固まってしまい、従来の枠組みでしか物事を決定し得なくなる可能性があります。ひとりで考え込んだり、従来通りのメンバーが集まって行う会議では、既存の枠組みから脱却した新しいアイデアや価値を生み出すことは困難です。フューチャーセンターを取り入れることによって、産学官民、あらゆるステークホルダー(利害関係者)が集まります。1つの組織だけでは解決できない複雑な課題や、中長期に渡る社会問題に対して創造的で多種多様な観点のアイデア・価値を生み出す拠点となるのです。
「未来志向」とは、物事を考える視点を未来に置いて、そこから現在を振り返る考え方です。通常、現在・過去のデータや経験から未来の物事を考えます。しかし、その方法ではあくまでそれまでのデータや経験の範囲内でしか考えられないため、多様で創造的なアイデアは生まれにくくなります。理想の未来からスタートし、予測可能な問題への対処という発想に縛られず、より柔軟に思考するためにフューチャーセンター内で行われるのが「フューチャーセッション」です。フューチャーセッションでは、特定のテーマについてのディスカッションやワークショップを行います。
フューチャーセンターの導入事例
フューチャーセンターは大学や自治体など、あらゆる場所で取り入れられていますが、企業は、どのようにフューチャーセンターを導入しているのでしょうか。今回は日本国内5社の事例を紹介します。
富士ゼロックス株式会社
複写機やレーザープリンター等を製造販売する機械メーカーである富士ゼロックス株式会社は日本で初めてフューチャーセンターを取り入れた企業です。富士ゼロックス株式会社の提供するフューチャーセンター「KDI (Knowledge Dynamics Initiative) Studio」では、「よりよい知を生み出していくには、さまざまな異なる知との相互作用を起こすような場の演出が必要である」との思想から、複数の空間をデザインしています。「くつろぐためのゾーン」「ディスカッションを繰り広げるためのゾーン」など、状況に合わせた使い方が可能です。
『知識経営コンサルティング「KDI」』富士ゼロックス株式会社
東京海上日動システムズ株式会社
主に東京海上グループの情報システムの設計・開発・保守・運用などを手がける東京海上日動システムズ株式会社は日本で2番目にフューチャーセンターを取り入れた企業です。日常とは違った自由な雰囲気の中で、日頃の職場では解決しづらい課題をなごやかに、クリエイティブに議論する場を設けました。その結果、約30名にもおよぶ従業員がファシリテーターとなり、研究会やワークショップは毎月10回程度も開かれるようになりました。
『「全社員の育成の連鎖」を実現し、「自ら考え成長する」事を支援するためのキャリア支援』東京海上日動システムズ株式会社
株式会社富士通エフサス
ITインフラの構築・運用を行っている富士通グループ最大のSIerである株式会社富士通エフサスは、2013年に「みなとみらいInnovation & Future Center」を設立しました。同施設は「研修センター」と「フューチャーセンター」を融合しており、人材育成とイノベーションの両立が目的です。ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授を招聘した「人生100年時代における働き方」や「横浜100人カイギ」、SDGsについて考えるワークショップなどを開催。地元に根付いた未来志向のワークショップを通じて、多くの交流を生み出しています。
『みなとみらいInnovation & Future Center』株式会社富士通エフサス
株式会社NTTデータ
情報サービス事業で最大手の株式会社NTTデータは「INFORIUM豊洲イノベーションセンター」を設立しています。企業と共に新たなアイデアの創出やイノベーションプランを考える「共創ワークショップ」や、産学官連携などを視野にいれた多様な関係者による対話の場を提供することで、新たなアイデアや問題の解決手段を模索しています。R&Dやロボットとの共生など同社が誇る最新テクノロジーで未来をどのように構築できるのか?というテーマがメインとなっています。
パナソニック株式会社
世界的な電機メーカーのパナソニック株式会社もフューチャーセンター「FUTURE LIFE FACTORY」で様々な活動を展開しています。ボトルを振ると会話のきっかけになる質問やオノマトペなどの「音」が飛び出す機能を持つ「talcook(トークック)」を用いたイベントや遺伝子レベルでくつろげる空間の研究など、ライフスタイルに密接なテーマのもと新たなプロダクトの可能性を提示しているのが特徴的です。
『FUTURE LIFE FACTORY』パナソニック株式会社
フューチャーセンターを取り入れる際のポイント
フューチャーセンターを導入するには、どのような点に気をつけるべきなのでしょうか。「未来志向で創造的に対話するための場」を実現するための「フューチャーセンターの原則」を紹介します。
1.「問い」を設定する
「問い」の設定が重要です。テーマを提起し、真剣に考えなければ解決できない「問い」を設けることで対話を進めます。組織内だけでなく、社会全体の視点で考えなければならない「問い」でなければなりません。
2.多種多様なコミュニティから参加者を集める
意見やアイデアの均質化を防ぐためには、多種多様なコミュニティから人を集める必要があります。行政やNPO法人に努めている人や、さらには消費者などが関わり、外部からもたらされる新たな知見を最大限に有効活用しましょう。
3.参加者の関係性を構築する
参加者の関係性を深めることで、複雑な問題を打開する可能性を高めます。関係性を深めるためには、1人ひとりの話を傾聴することが大切です。したがって、登壇者が大人数を相手に公演をするスタイルはフューチャーセンターには馴染みません。少人数でインフォーマルにディスカッションする機会を創出しましょう。
4.その場ですぐにアウトプットする
早期に製品やサービスを作り出し、フィードバックをもらうことで欠陥や問題が徐々に解決する手法をプロトタイピングといいます。フューチャーセンターにおいても、対話をするだけでなく、ディスカッションやワークショップ中に出たアイデアをすぐにアウトプットすることが大切です。仮説の段階で話し合いを続けるよりも、目に見える形にすることで、アイデアのイメージが具体的になってきます。
中小企業にもフューチャーセンターを
フューチャーセンターは大企業のように、資本が多くある組織だけが取り組めるわけではありません。確かに、大企業のように大掛かりな施設を作ることは難しいかもしれませんが、中小企業でも参加できるフューチャーセンターは存在します。例えば、一般社団法人 企業間フューチャーセンターは大企業から中小企業、フリーランス、NPO、自治体など幅広いコミュニティから人を募り、ワークショップを行っています。
テクノロジーの発達によって、これまで人の手で行っていた単純作業などは代替されていくと予測されています。しかし、AIやロボットは過去のデータや経験からしか判断できません。これまで前例がなく、予測不可能な未来へのアイデアを出すには、人間の手にかかっています。フューチャーセンターは新たなアイデアを生み出す一助となるでしょう。
またフューチャーセンターの意義は、“一企業だけではない”という視点があります。もし、企業内で部署間などの意思疎通やコミュニケーションが不完全というのであれば、フリーアドレスの導入を検討してもいいでしょう。
<参照元>
・経済産業省『イノベーティブなアイデアや商品・サービス創出に向けて』
・一般社団法人 企業間フューチャーセンター『企業間フューチャーセンターについて』
・富士ゼロックス株式会社『フューチャーセンターの原則』