多様な働き方を背景に、ハイブリッドワークの継続や見直しなどの対応が企業ごとに分かれ始めています。これからの働き方を見据えて導入すべきクライアントPCは、シンクライアントとファットクライアントのどちらがよいのか。それぞれのメリット・デメリットを挙げつつ、自社に必要な要件による選び方を解説していきます。
変化する働き方に合わせてクライアントPCを選ぶ
東京都・産業労働局「テレワーク実施率調査結果」*1によると、2023年4月における東京都内の企業のテレワーク実施率は46.7%。5月、6月は44.0%と横ばいですが、緊急事態宣言期間に比べると全体的に減少傾向にあります。
●出典:東京都・産業労働局「テレワーク実施率調査結果2023年6月」
ただし、週3日以上の「テレワークの実施回数」データを見ると、5月が42.4%、6月が45.2%と2.8%増加しています。東京都限定のデータになりますが、テレワークによって通勤時間やラッシュなどの問題が緩和されることを知り、週3日・週5日テレワークを継続する企業がここにきて増加しているのです。
●出典:東京都・産業労働局「テレワーク実施率調査結果2023年6月」
さらに、株式会社学情「20代の仕事観・転職意識に関するアンケート調査(勤務形態)2023年7月版」*2によると、希望する勤務形態は「テレワークと出社の組み合わせ」が最多の65.8%となり、やはり週に数日はテレワークをしたいと考える人が多いようです。もちろん業種や業態にもよりますが、これらのデータからテレワークの廃止を検討している東京都の企業は少ないと考えられます。
*1 東京都・産業労働局「テレワーク実施率調査結果2023年6月」
*2 株式会社学情「20代の仕事観・転職意識に関するアンケート調査(勤務形態)2023年7月版」
これからのクライアントPCをどうするか
以上のデータからも、首都圏を中心に今後もオフィスワークとリモートワーク併用のハイブリッドワークが基本になり、新たな企業文化として醸成されていくことが予想されます。また、生産性、業務に対する意欲、災害などに対する事業継続性といった側面から見てもメリットがあります。
これからクライアントPCの選定を始めるIT部門もあると思いますが、ハイブリッドワークを念頭に置くと、選択肢はデスクトップPCではなくノートPCが有力候補になります。そこで検討したいのが、シンクライアント型のノートPCです。セキュリティー面でのリスクが非常に小さく、一般的なノートPC(ファットクライアント)よりも安価であるためです。
現在ではリモートワーク環境を構築し、業務システムをクラウド上に移行した企業も多いと考えられますし、すでにシンクライアントPCを導入している企業も多いでしょう。状況が変わってもファットクライアントに戻すのではなく、シンクライアントとファットクライアントのそれぞれの特徴を理解し、自社に適したクライアントPCを選ぶといいでしょう。
シンクライアント・ファットクライアントのメリット・デメリット
シンクライアントの「シン」には、「薄い、細い」などの意味があります。一方、「ファット」には「厚い、太い」などの意味があります。シンクライアントは、サーバーの仮想環境にあるデスクトップを利用するため、本体はできるだけ不要な機能を排除しています。ファットクライアントは、スタンドアロン(単体)で使用できるように必要な機能を搭載しています。
シンクライアント、ファットクライアントともに、メリットとデメリットがあります。それらを把握した上で、どちらを導入すべきかを考えましょう。ここでは、それぞれのメリットとデメリットについて紹介していきます。
シンクライアントのメリット・デメリット
シンクライアントPCは、本体にWindowsのOSを持たず、LinuxなどのOSを搭載しています。これにはリモート環境にある仮想デスクトップへのアクセスや認証などの機能があり、仮想デスクトップ環境にアクセスしてログインを行うことで仮想デスクトップを起動します。
シンクライアントPCでの仮想デスクトップの操作は、「画面転送型」が一般的です。画面転送型とは、シンクライアントPC側はユーザーのマウス操作やキーボード入力を仮想デスクトップに転送、実行し、これにより変化した仮想デスクトップの画面をシンクライアントPCへ転送します。
あたかも目の前のPCを操作しているように感じますが、実際にはリモート環境にある仮想デスクトップを操作しています。そして、やり取りしているデータはユーザー側の操作と仮想デスクトップ側の画面のみです。また、ファイルを開いたりダウンロードしたりしても、それは仮想デスクトップ上であり、シンクライアントPCには保存されません。
たとえシンクライアントPCを紛失したり、盗難に遭ってしまったりしても、PCの中にはデータは保存されていないため、情報漏えいにつながる心配がありません。このセキュリティーの高さが、シンクライアントPCを利用する大きな要因となっています。仮想デスクトップは企業側が管理するため、必要最小限のアプリケーションを用意しておくことができ、ZoomなどのWeb会議システムも利用できます。
シンクライアントは処理をサーバーで行うため、PCを単体で使用するための機能は最小限になっています。このため、PCが安価なこともメリットといえます。一方で、シンクライアントPC単体では何もできません。これが最大のデメリットといえるでしょう。仮想デスクトップを利用するには通信環境が必要不可欠のため、無線LANの届きづらい場所では操作ができない可能性があります。
また、仮想デスクトップのあるサーバーやクラウドサービスが不安定になることもあり、このような場合は使用をあきらめるしかありません。サーバーの定期メンテナンスなどを把握した上でリモートワークをスケジュールする必要があります。これから新たに仮想デスクトップ環境を構築する場合、Azure Virtual Desktopを使ってクラウド上に構築する方法が最新のトレンドです。自社でVDIサーバーを構築・運用するよりもイニシャルコストを抑えることができます。
ファットクライアントのメリット・デメリット
ファットクライアントの最大のメリットは、スタンドアロンで使用できることです。ファットクライアントのノートPCには、WindowsなどのOSが入っていますし、ハードディスクやSDDにファイルを保存しておくことができます。リモートワーク環境でもオフィス環境でも共通して使えることもメリットです。
カメラと音声の入出力機能を搭載したノートPCであれば、そのままWeb会議に参加することもできます。Web会議システム「Microsoft Teams」や「Zoom」などのアプリケーションを自由にインストールできることもメリットといえます。
一方で、シンクライアントと比較した場合のデメリットがあります。セキュリティー面では一般的なPCのリスクに加え、ノートPCならではのリスクがあるからです。特に、喫茶店やホテルなどのフリーWi-Fiはセキュリティー対策が弱い場合や悪意のあるアクセスポイントを設置される場合があり、リモートワークで利用すると通信内容を盗聴されたり、マルウェアに感染したりするリスクがあります。
また、ノートPCは不意な落下による故障につながりやすい傾向がありますし、紛失や盗難に遭ってしまった場合には、情報漏えいなどのリスクがあります。WindowsはログインにPINを使用することが増えており、PINを破られる可能性も日を追うごとに高まってきています。
ログインされてしまうと、クラウドサービスなどさまざまなサービスを悪用され、乗っ取られる危険性もあります。また犯罪者によってはノートPCを分解して情報を盗み出し、別のサイバー攻撃の踏み台することもあります。特にファットクライアントで注意したいのが、アクセス回線です。VPNを使って社内ネットワークにアクセスする方法が一般的ですが、旧来のハードウェア型はメンテナンスされていないことが多く、コロナ禍でVPN利用が急増した際に、放置された脆弱性を悪用したサイバー攻撃が多く発生しました。この機会にソフトウェア型VPNも検討しましょう。
シンクライアント・ファットクライアントのスペックとコスト
シンクライアントの場合は仮想デスクトップ環境が必要になるため、単純にスペックやコストを比較することができません。
スペックとコスト
ファットクライアントはPC上のローカル環境で演算処理を行います。快適に利用するためにはプロセッサーやメモリーなどに高いスペックが求められますから、シンクライアントに比べて1台当たりの調達コストが高くなる傾向があります。また、PCごとにインストール作業が発生するためキッティングなどの工数が増えることや、周辺機器など端末以外の環境構築のコストがかかることも意識しておきましょう。
運用においても、シンクライアントは仮想環境の管理・運用を考える必要がありますが、PCそのものの運用負荷はあまり高くありません。ファットクライアントでは、OSやソフトウェアの定期的なアップデートチェックを行い、早期に適用する必要があります。また、EPP(Endpoint Protection Platform)やEDR(Endpoint Detection and Response)などのセキュリティー対策を導入することも重要です。
まとめ
シンクライアントの最大のメリットは、セキュリティーレベルが上がることです。これから導入を考えている方は、Windows 10 IoT Enterpriseが搭載可能な製品を検討してみるのもよいでしょう。ただ、これまでファットクライアントのみを使用していた企業では、仮想デスクトップ環境を用意する必要があるため、コストや時間を考えると負荷が高いといえます。
いずれにしても、タイムラインを考えて製品の手配を開始する必要があります。各部門と連携し、早めに準備を進めていきましょう。そして、PCの利用状況の実態やリスクを考慮し、自社に合ったクライアントPCを選ぶことが重要です。