多くの報道では大企業の「働き方改革」を扱っています。しかし中小企業こそ取り組みやすく効果が出やすいとご存知でしょうか? 今回はライフワークバランスの専門家が調剤薬局の運営企業と製粉メーカー2社の中小企業の実例をもとに解説します。
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「働き方改革をやるには、お金がかかるんでしょ? 大企業みたいな余裕はないからねぇ…」
中小企業の経営者からは、よくこんなお言葉をいただきます。そんな時、私は「そんなことはない、中小企業でも働き方改革を取り組むべき」とお答えしています。今回は、中小企業が働き方改革に取り組んだことで、社内にさまざまな変化をもたらした具体的事例をご紹介します。
お金ではなく知恵を絞って話し合う
まず、三重県の調剤薬局を運営する企業の事例です。社員の9割が女性で、新卒採用もスタートさせ、今後の若手の結婚や出産にも備えておきたいという背景から、ワークライフバランスへの取り組みを決めました。
推進するにあたり、私たちは通常、
- 現状の業務の確認
- 業務の課題
- 会議で業務の見直し
- 見直し施策の実施
という4つのステップに沿って改革を進めます。
この中でも重要な位置付けである業務の見直しを推進する会議“カエル会議”を提供しました。カエル会議とは、現場社員を巻き込んで働き方や業務の見直しを行うための会議で「働き方を変える」「早く帰る」「人生を変える」の3つの意味を込めています。
基本的にお客様から持ち込まれる処方箋に基づき薬を処方する調剤薬局の薬剤師は、専門職であり、接客業でもあるという性質上、薬局のカウンターを無人にするわけにはいきません。ですから、この“カエル会議”を、職場のメンバー全員で話し合うというスタイルは取りにくい。また、そこに大きな投資をするということは難しい状況でした。
そこで、この会社ではこの働き方について考える会議を、スタンディング会議というやり方で、日常業務と切り離すことなく実施するという手法を取りました。働き方改革というとまず、会議室で会議だ!という固定概念を覆し、紙・ペン・付箋があればいすや机がなくても会議ができる!と、職場に合ったやり方で継続して進めることができました。
売り上げ構成に着目し業績向上へ
回を重ねるごとに、この会議の中では働き方だけではないさまざまなテーマが取り上げられるようになりました。本来、働き方や業務の現状を見直し、なりたい姿を描きながら、チームでどうたどり着くべきかを議論する会議ですが、会議を実施するようになってから社員の意識が徐々に変わり、各メンバーが経営についても考えるようになったのです。
各社員が「職場に来たから仕事のことだけ考える」という視点だけでなく、自身の人生設計上に仕事もプライベートも同じライン上で考えるようになりました。その結果、社員自らが会社について考え、動くようになったのです。
中でも特筆すべきは、「売り上げ構成比を変えられないか?」というテーマが出てきたことです。調剤薬局における処方薬の売り上げ構成は一定割合を保っていたものの、その上流には医療機関があり、患者さんがいらっしゃるため、短期的に売り上げを高めるということが難しい特性があります。
そこで、医薬部外品の売り上げ構成比を高めることで、売り上げの総量を上げることができるのでは、という仮説を立て、それに向けて着実に施策を実行していきました。
この話題が経営層からではなく現場の社員から出てくるというところが非常に素晴らしい点です。経営層と現場の距離感を縮めやすい状況があってこその内容だと思います。
大きな企業になればなるほど、経営層と現場の社員の間には距離が生まれ、そのメッセージは間に挟まる人によって少しずつ変わってしまうということが日常的に起こります。すると、経営課題は経営層が考えるもの、というように意図せずとも課題に対する温度間が下がってしまうのです。中小企業は比較的この距離感を縮めやすいというメリットがあると言えるでしょう。
もちろん中小企業であるというだけではそのメリットを生かし切ることはできません。日ごろから経営層が熱をもって企業の将来やありたい姿、今課題と感じていることについて、従業員と対話する環境を作っていくことが重要です。その結果、現場の社員一人一人の視点が一段上がり、経営レベルで自分の業務を考えていくことができていくと考えます。
採用活動が4か月前倒しで終了!
この現場主体の働き方改革を、2年目からは採用活動にも生かすという方針を取りました。積極的に現場の様子を見せ、働き方改革の成果を紹介することで、通常秋ごろまで行ってきた採用活動が、5月にはほぼ終了するという結果にもなりました。
また、大企業への就職を希望していた学生も、「調剤薬局はどこも同じに見えましたが、働き方についてこんなに考えている企業はありませんでした。ぜひ就職したいと思います」と話し、無事内定につながったと聞いています。
従業員の私生活の変化を喜ぶ経営者
もう1つは、熊本の製粉メーカーの事例です。この企業では、管理職を一堂に集めて月に1度、3回のワークライフバランス研修を実施しました。社内の働き方を見直すことで個人の力もチームの力も上がっていくということを理解いただき、働き方を見直す会議“カエル会議”を定期的に実施。部下との関係性をしっかりと構築し、自分たちでできることには真っ先に取り組み、会社として取り組んでほしいことは提言にまとめるなど高い成果をあげています。
「ワークライフバランス」とは「仕事と私生活のバランスを取るもの」として、単に残業を減らしていくことだと思われがちです。しかし、大変興味深かったのは研修を進める中で社長から頂戴した一言でした。それは、「社員がボランティアに行くようになった。地域貢献に積極的に関わるようになったことがとてもうれしい」とおっしゃったことです。
業績向上や時間削減にももちろん関心をお持ちいただいたのですが、社員が業務を効率化して私生活に充てる時間を確保し、違う経験を積んでいくことは、ゆくゆくは個の力を高め、チームの力を高めるという本質的な成長を、働き方の改革から感じていただくことができました。
助成金を活用して
上記のいずれの企業も、自治体の働き方改革推進事業に応募され、ご縁をいただいた企業です。こうした自治体ごとの推進事業や、厚生労働省などのからの助成金を活用し、自社の働き方改革を進める選択肢も増えてきています。
助成金を利用することにより、手法を学んだり、ITツールを整備するなどの初期投資コストを抑えることができます。継続して実施する段階では、働き方改革を紙とペンだけでも進めていくことができるようにしていくことで、その企業にしっかり根付く仕組みにしていくことができます。
ここまで2社の事例をご紹介しましたが、大切なことはまず取り組んでみようという経営者の覚悟、「〇〇がないとできない」とできない理由を考えるよりも「●●があればできる」に変えていく発想こそが、働き方改革の根本の一つだと考えています。