現在、AIは様々な形で生活や仕事に浸透しつつあり、その進化の速度はどんどん速まっています。たとえばスマートフォンや家電にはすでにAIが当たり前のように搭載されていますし、ビジネスでも問い合わせサポートなどにAIが活用されるようになりました。囲碁や将棋といった一定のルールに基づくゲームでは、もはやヒトがAIに勝つことは困難です。
このままAIの進化が進むとどうなるのでしょうか。ある予想では、2045年ごろAIがヒトの知能を超えるといわれており、その転換点を「シンギュラリティ」と呼びます。
シンギュラリティが起きると、私たちの社会は大きくその構造を変えることになります。具体的にどんな変化が訪れると予測されているのか、ご紹介します。
シンギュラリティ(技術特異点)とは?
シンギュラリティとは“AIが人類の知能を超えた転換点”のことであり、「技術特異点」とも呼ばれる概念です。
この概念自体はかなり古くから存在しますが、世の中にひろめたのは数学者でSF作家でもあるヴァーナー・ヴィンジ博士と、人工知能の世界的権威であるレイ・カーツワイル博士です。
ヴィンジ博士はサイバーパンクSFの原点とも評される著作『マイクロチップの魔術師』でシンギュラリティが訪れた未来社会を描いており、カーツワイル博士は著作『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』でシンギュラリティの到来について予測しています。彼らがシンギュラリティを提唱したことをきっかけに、世界中に衝撃を与え議論を巻き起こしました。
2045年問題とは?
カーツワイル博士は、西暦2045年にはAIの知能が全人類の知能よりも高くなると予想しています。よって、シンギュラリティは「2045年問題」とも呼ばれています。
もちろん、2045年に突然AIが進化するわけではありません。そこに至るまでの間にAIは加速度的に進化し続けます。2030年ごろにはAIの発達により社会的なシステムが大きく変化するタイミングがやってくると予想されています。
プレシンギュラリティとは
スーパーコンピュータの開発者である齊藤元章氏は、AIによる社会的な変化を「プレシンギュラリティ(社会的特異点)」として提唱しています。
プレシンギュラリティが起きる2030年、そしてシンギュラリティが起きる2045年という数字が導き出された理由の一つは、「収穫加速の法則」です。技術の進歩は同じスピードで毎年進むわけではなく、それまでの技術を下敷きにすることで進歩のスピードが上がっていくという考え方です。代表的なものに半導体の集積率が毎年2倍ずつ増していくという「ムーアの法則」があり、実際にコンピュータの性能は飛躍的な向上を遂げています。
1950年代から振り返るAI(人工知能)の変遷
ここからは、AIがどのような進化の過程を経て現在に至ったのか、その歴史をひもといていくことにします。
1950年代後半:第一次人工知能ブーム(探索と推論)
第一次人工知能ブームが起きたのは1950年代後半のことでした。「人間とコンピュータが対話を行い、相手がコンピュータだと見抜けなければそれは知能と呼べる」という考え方に基づくチューリングテストが提唱されたのもこの時期です。1956年にはダートマス会議で「人工知能」という言葉が登場し、現代の機械学習の基礎ともいえるニューラルネットワークのパーセプトロンが開発されるなど、AIに関する研究が一気に盛り上がりを見せます。しかし、肝心のパーセプトロンの限界が指摘されたことにより、第一次人工知能ブームは終焉を迎えました。
1980~90年代:第二次人工知能ブーム(知識表現)
一度は終わったかに思えた人工知能ブームですが、1980年代に再び盛り上がりを見せます。1970年代に開発された「エキスパートシステム」(各分野の専門知識を集めて課題を解決する仕組み)がきっかけとなり、国や企業が研究開発に力を入れ始めたのです。
一般常識をデータベース化して人間のような知能に迫ろうとする「知識記述のサイクプロジェクト」やニューラルネットワークに関するアルゴリズム「誤差逆伝播法」もこの時期に発表されたものです。
しかし、第二次人工知能ブームもやがて下火になっていきます。膨大な知識を処理するためのコンピュータのマシンパワーが足りなかったことや、そもそも世の中のすべての知識を与えることは不可能であるため、実際には活用領域が限定的だったことなどが理由といわれています。
2010年〜:第三次人工知能ブーム(機械学習・ビジネスへの活用)
その後、冬の時代を経て、みたび人工知能が脚光を浴び始めます。これが、現在まで続く第三次人工知能ブームです。
ターニングポイントの一つとなったのはインターネットの普及による情報革命です。世界中の論文にアクセスできるようになり、研究者同士の交流も容易になったことから、技術の進化の速度が向上。さらにマシンパワーが大きく向上したことで、ビッグデータと呼ばれる大量のデータを用いた複雑な処理もできるようになりました。
「ディープラーニング」の登場も大きな出来事です。これは大量のデータを与えて判断の精度を上げる「機械学習」をさらに発展させた手法。判断基準のポイントを人間が与える必要のある機械学習に対し、その基準すらもAI自身が生み出すディープラーニングは、まさにシンギュラリティにつながる可能性を秘めた技術なのです。
シンギュラリティによって起きる社会とビジネスの変化
では、シンギュラリティは社会、そして企業やビジネスにどのような影響があるのでしょうか? 大きな懸念は、現在の仕事がAIやロボットに取って代わられる、というものではないでしょうか。実際に定型業務の自動化などはすでRPAにより実現しています。
業務の自動化が加速
AIによる業務の自動化が進んだ結果、様々な仕事がAIの進化によってなくなる、あるいはその姿を大きく変えるかもしれません。オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授の『雇用の未来』によると、たとえば「データ入力」や「スポーツの審判」、「銀行の融資担当者」、「機械や器機の操作」などがAIに取って代わられる仕事だといいます。
データ入力は当然、人間よりもAIの方が早くて正確ですし、スポーツはすでにビデオ判定が導入されており、いずれは複雑な判定もAIの方が素早く正確にこなせるようになるでしょう。また機械や車、トラックなどの運転・操作も同様です。さらに銀行の融資も、様々なデータから融資するべきか否かを判断する能力はAIの方が人間よりも長けているといえます。
代替リスクが低く、これからも必要とされる仕事
一方で、AIに代替されるリスクが少なく、これからも人間が必要とされる仕事は何でしょうか。
まず挙げられるのは、高度なコミュニケーションを要求する仕事です。たとえば企業における管理職は、単純なデータや数字だけでなく人同士の相性など複雑な人間関係を考慮して部下をマネジメントする必要があります。また、営業や交渉といった仕事もAIには難しい面があります。人間は単純に損得で動くわけではなく、「この人から買いたい」という情緒的な動機が決め手になることも多々あるからです。
同じ理由で、介護士などヒューマンケアに関する仕事もAIには代替されないでしょう。どれだけAIの知能が優れていても、人の手の温もりや笑顔などは“人間というハードウェア”にしかない機能だからです。
ベーシックインカムの導入
これまであった仕事がなくなると、簡単に予測できる社会問題は就業難です。そのため、シンギュラリティはベーシックインカムと同時に語られることが多いのです。ベーシックインカムとは、人が最低限生活できるだけのお金を政府が国民全員に支給するという制度。
AIが人間に代わって働いてくれるのであれば、人間はもう働く必要がなくなるのではないかという考え方です。このベーシックインカムによって労働から開放されるという恩恵がある一方、それはある意味で“AIに仕事を奪われてしまった結果である”ということでもあり、この点については賛否が分かれるところです。
新しい技術とテクノロジーを柔軟に受け入れることが重要
「シンギュラリティは起こらない」と主張する有識者もいますが、いずれにしてもAIが加速度的に進化していることは事実であり、少なくとも将来、私たちの生活や仕事がAIによって大きく様変わりすることは確実だろうと思われます。
そうした変化を拒絶するのではなく、受け入れた上でうまく使いこなしていくことが、AI時代を生き抜いていくための鍵になりそうです。