国を挙げての課題となっている「働き方改革」。政府の目的を端的に示すとしたら、それは労働力の増加です。しかし、中期的に見て日本は少子高齢化が進みます。働く人が減る以上、一人ひとりが働き方を変え、生産性を上げなければ労働力の低下は避けられません。
例えば、現状でも日本の国民一人あたりGDPは、G7中6位という調査結果(2015年)も出ており、GDPを評価基準としたときには、効率の悪い働き方が国内のどこかにあるのは間違いないでしょう。
では、働き方の効率を上げるためにはどうすれば良いのでしょうか。その答えの1つがモバイルを活用した生産性の向上です。既に取り組んでいる企業も多いかと思いますが、成功しているケース、失敗しているケースに分かれている現状があります。
モバイルは普及期から次のフェーズへ
現在の企業におけるモバイルの活用状況はどうなっているのでしょうか。モバイル端末を業務に導入する企業数の急激な増加は、一段落しています。これは各企業が現状の業務にモバイル端末を業務で導入するかどうかについて、既に検討が終えた状態であることの表れです。
導入した企業ではモバイル端末がある状態が日常となっています。しかし、モバイル端末の導入やモバイルアプリの利用が、モバイル活用の成功例というわけではありません。
それだけでは直接的なコスト削減や生産性の向上にはつながりません。導入の効果を得るためには、現場の働き方を分析し、業務の効率を上げることにモバイル端末やモバイルアプリを寄与させる必要があります。
モバイル導入の費用対効果を出すには現場の業務改革が必須
一方、モバイル端末の業務利用を検討した結果、導入しないと判断した多くの企業では、働き方の効率向上に寄与するかどうか効果を試算した時に、費用対効果が出ないと判断されたのではないでしょうか。
例えば、外出時にモバイル端末から社用メールの利用ができるようになったとしても、その効果を定量的に算出することは困難です。仮に定量的に効果を算出できたとしても、導入コストを上回ることは稀なケースになります。
実際に導入コストに見合うだけの効果を出すためには、モバイル端末を業務で活用した現場の働き方に合わせた業務改革に踏み込む必要があります。
実現したいのは「時間と場所の自由化」による業務効率向上
それでは、モバイルの導入効果を最大化させようとした場合、どのような業務改革が必要になるのでしょうか。1つのモデルとなるのが、時間と場所に関する業務制約の撤廃です。
グローバル化が進む中で、同僚や取引先と時差が生じる機会も、社員一人ひとりが自社の拠点外で業務する機会も拡大しています。働く時間や場所の多様性が今までよりも増しているのにもかかわらず、現場は旧来の業務制約に縛られたまま……。このような状態でモバイル端末を導入したとしても、業務効率は上がるどころか下がってしまいかねません。
モバイル端末の導入により、社員1人ひとりが「時間と場所の自由化」を手に入れ、業務の拡大を見据えた徹底的な業務効率の向上をすることが、企業の競争力を高めることにつながります。
どこから手をつけるべきか
いざモバイル活用による働き方改革を進める際に、どこから着手したら良いのでしょうか。
働き方改革を支える具体的な検討テーマは以下のようなものがあります。
- 在宅勤務・直行直帰
- ペーパーレス
- フリーアドレス
- 多様な契約形態
一方、これらのテーマを自社に当てはめ、モバイル活用による働き方改革を検討および推進をするときには、自社環境の洗い出しが欠かせません。
どのテーマが自社にとって検討すべきテーマかを分析した上で、対応する「制度の変更」「ICTの対応」「文化の啓蒙」を進めていくことで一貫性のある検討と推進を実現することができます。
十分な自社環境の洗い出しがないまま、モバイル活用をすれば働き方改革につながると考えた場合、検討・導入の過程で制度の矛盾やICTの二重投資が発生することを防止できます。逆にしっかりとしたテーマ選びと現状分析があれば、ムダなコストを防止することもでき、一貫性のある検討、導入の過程でモバイル活用という文化の啓蒙に協力してくれる社員の輪も広がっていきます。
自社にとって検討すべきテーマが複数あるときには、一つずつ段階的に取り組むと働き方改革を進めやすいでしょう。
具体的なモバイル活用のステップとしては、システム対応や社内調整の難易度が低いメールやスケジュール管理などのグループウェアの利用から始め、基幹および業務システムのモバイル利用は次の段階に実施します。
段階的に取り組むメリットはいくつかありますが、1つには最初から難しい取り組みをすると、検討の段階でスタックしてしまうことがあるからです。その点、既に利用実績があり、費用対効果に見合わなくても何らかの効果が出ていれば、次ステップへの後押しとすることができます。
比較的難易度が低いグループウェアの利用により、利用実績を作ることは重要です。
モバイル活用は組織・業務設計から着手
グループウェアで実現できる範囲の取り組みが一段落し、基幹および業務システムの利用をスコープに入れた業務改革を進めようとしたときに、陥りがちな「失敗をするケース」があります。それは、社員一人ひとりが個人の判断で、それぞれの業務に「必要だと思われる」モバイルを導入するケースです。
各現場、各業務に携わる個人の判断で、モバイル端末を導入する業務を決めると、結果的にモバイル化できる範囲が狭くなります。そうすると、個人として享受できる効果も限定的になるため、わざわざ今までの業務のやり方を変えてまで導入するモチベーションが湧いてきません。こうなると、真面目にモバイル化を進める社員とモバイル化を勝手に止めてしまう社員が出てきてしまい、現場全体、企業全体としては効果を出すことができなくなります。
では、個人判断でのモバイル端末の導入を防ぎ、会社全体としてモバイル活用の効果を得るためには、どうしたら良いのでしょうか。
それには、組織設計を含めた分析・検討が必要です。
大前提として、必ずしも全ての社員が「時間と場所の自由化」を手にしなくても良いという認識を持たなければなりません。社内にはモバイル活用による業務効率の向上が見込める業務と見込めない業務があります。業務は組織内の部署に紐付きますので、生産性を上げるためには、最も業務効率が向上する組織へと再編する必要があるわけです。
モバイル化で実現したいことのメッセージが重要
こうした組織再編は、各々の社員ではどうにもなりませんし、各組織単位で実施することもかないません。また、再編により、業務の流れが今までと変わることで、不満を持つ社員も出てくるでしょう。組織によっては、業務効率化の恩恵を全く享受できないこともあります。そのため、トップダウンで推進する必要があります。
その際、企業全体として実現したいことをトップの言葉として、社員全員に伝えることは、非常に重要なポイントです。モバイル活用に限らずとも、業務改革を成功させている企業では、組織のトップが自ら旗振り役となり、改革を推進しているケースが多くみられます。
モバイル活用による業務改革を最大限に成功させるために
最後にモバイル活用による業務改革を成功させた、ある企業の事例を1つ紹介したいと思います。
この企業では、「商談こそが営業の本業」というトップからのメッセージの下に、ピュアセールスタイムを作り出すことをKPI(重要業績評価指標)にしたモバイル導入を実施しました。
その実現のため、納品やアフターフォローといった直接の商談には関わらない業務は、営業から別の部門に移管。組織を再編した上で、モバイル端末を利用した営業活動のブラッシュアップ推進。営業担当がビュアセールスタイムを最優先とした「時間と場所の自由化」を手にしたことで、KPIを達成しただけでなく、利益率改善やクライアントの満足度向上という成果も得ることができました。
この企業では業務改革の際、1つだけKPIの達成に反する判断をしました。それは、直接の商談にはならない受注処理業務を営業部に残すという判断です。これは、受注数で営業を評価する会社の文化が根強く、ただピュアセールスタイムを長くすることを目標にしても、営業のモチベーションが上がらないと考えたためです。
企業文化という言語化しにくいものを理由に、KPIの達成に反する判断をすることに嫌悪感や違和感を持たれる方もいらっしゃるかと思います。もちろん、ケースバイケースかと思いますが、ご自身の会社のアイデンティティを潰さずに、システムとの共存を目指した方が、結果的に成果につながることがあると頭の隅に置いておいていただければと思います。
まとめ
企業のモバイル活用は、モバイル端末を導入したら終わり、というわけではありません。モバイル化による生産性の向上を見込める業務を洗い出し、トップダウンで組織や業務の設計・構築をしていくことで、本当の意味でのモバイル活用を実現でき、業務効率の向上、働き方改革へとつなげることができるでしょう。