2011年という早い段階から、働き方の改革を経営の柱に据えてきた日本マイクロソフト株式会社。一定の成果を見せたフレキシブルな働き方は、それが当たり前となった今、次の段階へ進もうとしていると言います。2017年7月からを「働き方改革第二章」と位置づけ、さらなる生産性の向上へ━━。後編ではその方策について伺いました。
向上した生産性をさらに上げる必要性
日本マイクロソフトでは、フレキシブルな働き方を推奨し「いつでも、どこでも」というスタイルを定着させ、確実に効果をあげてきました。最初の5年間(2010−2015年)の比較では、生産性は+26%、ワークライフバランスについての社員満足度は、実に+40%。
「今の生産性は、6年前と比較すればもちろん上がっています。ただし、私たちにとって、今の水準はすでに “当たり前” のものです。そして、そこに止まっているわけにはいかないのです。そこで、今年度から次のステップを目指すべく『働き方改革第二章に向かうぞ』とトップからも社員に号令をかけています」(日本マイクロソフト コーポレートコミュニケーション本部 岡部本部長 以下同)
その1つとして「働く人自身が、自分の時間の使い方を工夫できる環境を作る」との考えのもと、テクノロジーを使ったハード面の充実と、個人のマインドを支えるソフト面のサポートをスタートさせています。
気付きをもって自ら改善することで、7億円相当の経費削減が可能と試算
日本マイクロソフトは、仕事の効率化を図るためにいくつかのITツールの活用をスタートしています。ただし、これは効率化や残業を「管理」するためのものではないという点に最大の特徴があります。仕事をする社員自らが気付きを得ることができ、自主的に変化していくことで、会社の成長が達成されるという日本マイクロソフトの考え方を象徴したものと言えます。
例えば、全社的に使用するようになったOffice 365のAIを活用したツール「MyAnalytics」では、会議やメールといった業務にどれくらいの時間を費やしたのかを数値化して一目でわかります。集中して仕事をする「フォーカス時間」などの目標を設定しておくこともでき、目標と実際の相違を一覧で確認することもできます、本人に改善点など「気付き」も与えてくれます。ツール上で確認する以外に、毎週集計と気づきをメールでも報告してくれます。
「このツールは、自分だけに通知が来るのが特徴です。これを活用して、自分の仕事を改善しようと思っても良いし、する必要がないと判断しても良い。あくまでも時間の使い方の気付きを与えてくれるものです。」
日本マイクロソフトではこのツールの導入に際し、4カ月にわたって社内検証を行った結果を公表しています。 「昨年(2016年)12月から4月の4カ月間に渡り、4部門、41名を対象に検証を行いました。これにより会議時間を27%削減し、集中して作業する時間を50%増加することができています。結果的に、4部門で約3,600時間の無駄の削減ができたわけです。これを社員2,000人相当の一般的な残業時間に換算してみると、年間7億円ほど削減ができることになります。」
新たなツールの活用で、人的資源を有効活用
他にも新たに活用を始めたツールがいくつかあります。例えば会議室予約を行う「秘書ボット」です。以前の会議室は、全員のスケジュールを調べて、会議室の空きを探して、会議室をセットして……という行程を踏んでいました。これには、およそ10分の時間を使っていましたが、秘書ボットを使うことで、2分程の時間で会議をセットすることが可能となっています。
また、これまで人が行ってきた庶務サポート業務を部分的に人工知能・AIに担当させる取り組みも、7月にスタートしました。これによって、出張時のチケット手配や経費精算時の質問への回答などのスピードが速くなりました。人的サービスで蓄積してきたFAQを人工知能によってチャットBOTで提供するようになり、回答スピードが向上しました。またこのサービスの中で新しい業務の開発にリソースを移行しました。
「これらは、テクノロジーを使うことで“働き方”が変わる好例です。働き方改革は、時間と場所の問題だけではありません。効率を上げるために、さまざまな角度からの取り組みをしていくべきだと考えています。」
中途採用者や新入社員の教育は欠かせない課題
日本マイクロソフトでは、テクノロジーの活用を積極的に進めると同時に、「人の認識」価値観の違いによるケアも視野いれています。例えば、中途採用や新卒で入ってきた社員がいかに働きやすくサポートするかという点は、大きな課題です。
「これまで伝統的なスタイルで仕事をやってきた人は、時間も場所もフレキシブルだと言われると、どう働けばよいのかが分からなくなり戸惑います。こうなると、チームの生産性は逆に落ちてしまう。これをどうサポートしていくのかというのは、今の課題です。」
また、若い世代の感覚・認識の違いもあるといいます。フレキシブルに働いていいという感覚を持つことで、時間に関係なくメールなどを発信してしまうのがその例です。深夜など業務時間外にお客様にメールを送れば、緊急の案件かと受け取られることもあり、時には信用問題になりかねません。
「テクノロジーの発展による仕事の仕方の変化と、これまで積み上げられてきた商習慣の間には、微妙な関係が存在します。マネージャーはその点についても配慮しています。フレキシブルですから夜中にメールをすることがあってよいのですが、お客様に対してのアクションとなると、今の日本の商習慣にはマッチしません。この環境が当たり前と思ってしまうことの弊害といえるでしょう。これをどう改善するかも、社内で取り組んでいます。」
働き方改革に取り組む企業が増えたとはいえ、日本マイクロソフトほど先行して大胆な改革を遂行しているところは、まだ少数と言えるでしょう。自社だけでなく他の企業とどのように歩調を合わせていくかということは、先端を行く企業ゆえの難問と言えるのかもしれません。
働き方改革を支える5軸とマインドチェンジの重要性
さまざまな取り組みで働き方改革を浸透させ、結果を出してきた日本マイクロソフト。ここまで導いたのは、働き方改革に取り組むうえでの“5つの軸”がポイントだと言います。これらは、今後、働き方改革に取り組もうとする企業が参考にすべき内容でしょう。
5つの軸とは、「経営ビジョン」「制度・ポリシー」「ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)活用」「オフィス環境」「マインド」。これらの関わりについて語っていただきました。
「働き方改革を推進する上で、経営ビジョンとして取り組まれているかという点は、非常に重要です。弊社の場合、当初はもちろん、今回の第二章においても、トップが明確に経営方針の柱として位置づけ、全社員に明示し、社員も認識しています。これがあってこそ、新たな取り組みを始めたり、制度やポリシーを作ることができますし、ICT環境を整えることができるのです。また、オフィス環境については、フリーアドレスにしたことで自分の席も電話もない状況からスタートしました。こうなると、会社で働くことに縛られなくなります。同時に、社員のマインドが効率を上げようという方向に揃いやすくなります。ただし、マインドは『慣れ』ます。常に変化していくことが、継続的な取り組みとして大切でしょう。」
マインドに関しては、次のようにも語っています。 「働き甲斐なくして業務効率が上がるかというと、それは疑問です。また、制度が充実していたら効率が上がるというものでもありません。制度もあればツールも充実している。そのうえで社員そのものが働き甲斐を感じ、ワクワク感があることが欠かせません。日本では、長時間労働=ハードワーク、といったイメージがあります。でも我々は、長時間かどうかよりも、効率が良く、迅速なコミュニケーションが取れ、そして高い成果を生むことがハードワークだと考えています。ハードとは、決してしんどいとか、たくさん働くことではなく、質の高い働き方ができることであるべきです。働き方改革では、こういったマインドチェンジが大切です。」
働き甲斐を感じるからこそ、自ら効率化を考え行動するという考えは、ツールやデバイスの導入だけに偏りがちな働き方の改革に一石を投じる発想と言えます。このマインドがあるからこそ、ツールを活用して自ら気付き、改善することができるようになると言えるでしょう。
お話をお伺いした方
日本マイクロソフト株式会社
コーポレートコミュニケーション本部 本部長 岡部 一志氏
プロフィール
1968年 愛媛県今治市生まれ
1987年 慶應義塾大学入学で上京
1991年4月 横河・ヒューレット・パッカード株式会社(現 日本ヒューレット・パッカード)入社 広報室 配属
1999年11月 マイクロソフト株式会社(現 日本マイクロソフト)入社 広報グループ 配属
2000年7月 広報グループ長
2005年7月 広報部長
2010年7月 コーポレートコミュニケーション部長
2016年9月 コーポレートコミュニケーション本部長