経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」には、顕在化しているDX(デジタルトランスフォーメーション)の課題を克服できない場合、2025年以降に1年あたり最大12兆円(2018年比で約3倍)の経済損失が生じる可能性があることが示されています。同省はこれを『2025年の崖』と表現していますが、これを克服するには、レガシーシステムからの脱却が必要不可欠です。
●出典:経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」
『2025年の崖』における主な課題
DXを推進し、「2025年の崖」を乗り越えるうえで、現時点で表面化している課題として、経済産業省は、主に以下のような点を指摘しています。
- 各部署におけるデータのサイロ化(分断)やシステムのブラックボックス化
- データ活用推進における現場の抵抗を含んだ業務見直しの手間
- DX人材の確保
上記以外にも、たとえば「企業内部にノウハウが蓄積していない」「経営層の危機意識とコミット不足」といった課題が挙げられますが、「2025年の崖」を乗り切るためには、システム刷新や業務フローの見直しを計画的に進めていく必要があります。
克服するには古いシステムの刷新が必要
「DXレポート」には、「2025年の崖」を乗り切る手段として、必要に応じて既存システムを刷新しながらDXを実現するという方向性が述べられています。2024年11月現在では、AI・IoTの活用やリモートワークなどによる業務の効率化が進み、DXを実現した企業も出てきました。しかし多くの企業では、DXは道半ばというのが現状です。
DXを実現するためには、引き続きデータのサイロ化やシステムのブラックボックス化を解消すること、全社で横断的にデータを活用できるように古いシステムを刷新し、さらに業務内容・工程も積極的に見直していく必要があります。
2025年に間に合わずとも改善の動きは継続していくべきですが、システムの刷新には大きなコストとリスクが伴い、根深い問題として多くの企業に残っています。
DXの足枷となる「レガシーシステム」の存在
「レガシーシステム」とは何か?
企業に残るメインフレーム(汎用機)やオフィスコンピュータ(オフコン・事務処理特化機器)などの古いシステムは、周辺の人の動きも含めて、一般的に「レガシーシステム」と呼ばれます。
「DXレポート」内では、「技術面の老朽化、システムの肥大化・複雑化、ブラックボックス化等の問題があり、その結果として経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因となっているシステム」と定義されています。これらの刷新は迅速に行われるべきである一方、コストやシステム刷新時に起こる業務フローの問題などを回避するために、古いシステムを使い続けてしまっている企業も少なくありません。
多くの企業で残存するレガシーシステム
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書2024」では、2023年10月時点の各社基幹システム(販売・生産・財務会計など、企業経営において主要となる業務を支える管理システム)において、63.5%もの企業にレガシーシステムが残っているとの調査結果が報告されています。そのほか種別のシステム(業務支援・情報系システムやWeb・フロント系システムなど)においても、おおむね50%程度の企業のレガシーシステムが残っていると回答しています。
●出典:一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書2024」
脱却のための第一歩はチーム作りと業務課題
対応チーム編成と業務フローの再編
レガシーシステムの刷新に限らず、社内でDXプロジェクトを推進するためには、関係組織のコアメンバーを集めてプロジェクトチームを編成することが望ましく、課題克服の第一歩と位置づけられます。
理想としては専任メンバーでチームを組むのが望ましいですが、自身のタスクを考慮し、優先的に取り組むことができるのであれば、別の社内プロジェクトと兼任する形でも問題ありません。
加えて、プロジェクトを遂行するうえでは、経営層による強力なコミットも欠かせない要素の一つです。大まかな方針を経営層がトップダウンで指示し、一定の強制力を持たせることで、チームのメンバーに責任感を持った行動と強固な団結力を生むことができます。
プロジェクトが稼働したら、まずは複数の部署などで類似業務が行われていないか確認し、共通化していきましょう。その際、チームの担当者は業務の現場に直接出向き、関係者から現状の良い点・悪い点をヒアリングし、改善点の洗い出しながら業務フローの組み直しを進めていくようにしましょう。そうすることで、業務のブラックボックス化が徐々に解消されていきます。
現場にはメリット周知とサポートが重要
業務フローの組み直しが終えたら、具体的なコストメリットや不必要な作業を明確にしておきましょう。なぜなら、現場は業務フローの変更に難色を示す傾向があるため、しっかりと説明できるようにしておく必要があるためです。打合せの機会を複数設けて根気強く現場に顔を出し、メリットがあると理解してもらえれば、現場の抵抗も少なくなるはずです。
また、業務フローを変更する際は、現場がスムーズに覚えられるように、業務やシステムの詳細なマニュアルを用意しておくことが大切です。場合によってはQ&Aサイト設置し、新しい業務の疑問点や解決方法をまとめて掲示してもよいでしょう。担当者は業務を行う人たちを手厚くフォローする準備を欠かさず、新しい業務フローがなかなか定着しないときは定期的な勉強会を設けるなど、活用を推進する手段を講ずる必要があります。
業務フローに即したシステム刷新
データの場所は極力まとめる
業務フローの見直しを図ることで、必要なデータはどれか、より明確になるはずです。データは可能な限り1箇所にまとめ、適切なデータへのアクセス権限を付与して運用できるようにしましょう。そうすることで、将来的により横断的にデータを分析し、ビジネスに活用しやすくなります。
また、可能であればデータベースサーバーを立ち上げ、必要なデータをすべて集約・参照できる環境にしておくと、後述するAIやIoTなどの新しい技術や仕組みを効果的に利用できます。ここまで対応できれば、データのサイロ化はある程度解消できるでしょう。
必要に応じたシステムや新しい仕組みを導入する
業務の整理、データ集約の目途が立った時点で、初めて新しいシステムが必要かどうかを検討します。AIやIoT、クラウドという言葉がDXと共に語られて久しいですが、これらのテクノロジーを利用しなくても、DXを実現できる場合があります。
システムを構築する際には保守・運用までを含めて考える必要があるため、必須でなければ避けたほうがよいでしょう。近年はプログラムを書かなくてもシステム構築できるSaaS(Software as a Service)系の「ノーコード開発ツール」も各社から提供されているため、小規模なシステム構築で問題なければ、それらを活用するのも1つの手段です。
AIやIoT、BIツールなど比較的新しい仕組みを導入できる下地が整えば、たとえば「IoTで集めたデータをスムーズにAIやBIツールで分析する」など、新しい技術を効果的にビジネスの現場に落とし込めるようになります。
こうした取り組みを行う際は、コストメリットを可能な限り算出し、必要性を吟味したうえで現場に説明して導入を進めていきましょう。また、最新の技術トレンドをスムーズにビジネスに還元するためにも、その分野に知見のある人材を採用することも検討してはいかがでしょうか。
まとめ
社内のレガシーシステムを刷新すると、直近のDX課題解決に向けて前進できるだけでなく、AIや分析ツールなどの先進的なソリューションを利用する際にも大きな効果を発揮できるようになります。自社に合ったペースで、無理なく変革を進めましょう。